2018年の韓国 予想


2018年の韓国文政権が抱える「ヤバい火種」を元駐韓大使が指摘
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武藤正敏
(元在韓国特命全権大使 武藤正敏

歴代最高の支持率を得た“人権派”の大統領

 11月10日、文在寅ムン・ジェイン)大統領の就任6ヵ月を迎えるに当たり、韓国「ギャロップ」が実施した世論調査によれば、文大統領のこれまでの職務遂行を肯定的に評価する人は74%であった。大統領選挙での得票率が41%であったことを考えれば、6ヵ月後としては驚異的な数字である。6月2日には歴代最高の84%の支持を得ていた。
 韓国では最近、いわゆる“人権派弁護士”が選挙で当選するケースが目立つ。故盧武鉉ノ・ムヒョン)元大統領、朴元淳(パク・ウォンスン)ソウル市長、そして文大統領である。
 韓国は、一部の特権層とエリートがいい生活を送っているのを尻目に、多くの庶民は努力しても報われない社会になっている。「七放世代」と言われ、「就職」「恋愛」「結婚」「出産」「マイホーム」「夢」「人間関係」をあきらめた若者や、生活苦にあえぐ高齢者世帯が多い。そのため、「庶民の生活を守る」「貧困層の生活を改善する」と訴える、人権派弁護士たちに支持が集まるのである。

 文大統領も、そうした庶民の期待を背負い、李明博(イ・ミョンバク)、朴槿恵(パク・クネ)の保守政権の政策を「積弊(せきへい)」と糾弾して当選した。北朝鮮への融和政策を懸念する保守層は、彼以外に投票したが、票が割れて経済や福祉政策に重点を置いていた文大統領が当選したのだ。
 文大統領は、「コミュニケーションや感性を重視した、型にはまらない統治スタイルを導入、「不通(コミュニケーション不足)」と「権威」に象徴された朴前大統領との違いを印象づけ、朴前大統領の親友で得体のしれない崔順実(チェ・スンシル)の国政介入に憤った民意をなだめ、国政を落ち着かせた。
 こうした「リーダーシップが評価され」(聯合通信)、70%を超える支持率を維持している。しかし、文大統領が国民の期待する最低賃金引き上げなどの経済政策や、焦眉の急となっている北朝鮮の核ミサイル問題への対応、そして日本人が期待する、日韓関係の改善に成果を上げているわけではない。

文政権を取り巻く課題は、2018年に、より困難な問題として先鋭化するであろう。その時、文政権はどのように評価されるのか。韓国にとって困難な状況を克服できるのか、2018年の韓国を展望してみたい。

5ヵ年計画の柱は経済と南北関係

 文大統領は、7月19日、「国政運営5ヵ年計画」を発表した。その柱は、経済と南北関係である。
 経済については、所得格差の広がりへの対応に注力し、20年に最低賃金1万ウォンの実現を目指すこと、対北朝鮮政策では「2020年の核放棄合意」を目標に、非核化と平和体制構築に向けたロードマップを17年中に策定することの二本柱である。
 文政権の政策理念は、「庶民や弱者中心の政策」であり、その核心は「所得主導の成長論」に基づいた経済政策と福祉政策である。

5月12日、文大統領は仁川国際空港を訪れ、公団で働く約1万人の職員を全員、正規職に転換するよう指示した。また、任期内に81万人の公共部門雇用を新たに創り出すことで失業問題を解決すると発表、民間企業にも新入社員の採用拡大や非正規社員の正規社員への転換を強く注文した。さらに、現在6740ウォンの最低賃金を、2020年までに1万ウォンへと54%引き上げる(18年は7530ウォンで16.4%増)と公約した。
 さらに福祉面では、MRI検査やロボット手術など、これまで健康保険の適用外であった3800余りの適用外項目を適用項目に転換する「文在寅ケア」を2022年までに設ける方針だという。
 また、月20万ウォンの高齢者年金を30万ウォンにひきあげ、月10万ウォンの児童手当も新設する。政府は、これらの経済政策や福祉政策に約120兆ウォン必要だとするが、当面一般国民を対象にした税金の引き上げは行わない方針である。代わりに所得税法人税最高税率を引き上げ、「超高所得者や超大手企業の所得を再分配する」という。しかし、何といってもその本質はバラマキである。

 こうした文政権の政策に対し、韓国企業は表立って反旗を翻すことはできない。財界も表向きは文政権に協力する姿勢を示しており、文大統領の訪米には52社が同行し、5年間で128億ドルの対米投資を行うことにした。大統領に公然と反抗すれば、サムソンの李在鎔(イ・ジェヨン)副会長のように逮捕拘禁されかねないからである。
 しかし、企業の国外脱出の動きは始まっている。韓国の老舗紡績企業は、工場の一部をベトナムに移転することとした。最低賃金上昇によるコスト増に耐える余力がなくなり、韓国から出ていくのである。コンビニチェーンも次々に無人店舗を導入している。無人化の流れは書店、郵便局、カフェ、ガソリンスタンドにも広がっている。
 OECDは、11月28日発表した「世界経済見通し報告書」で、韓国の成長見通しを3.2%と0.6%上方修正している。これは半導体業界の活況による輸出と投資の増加によるものである。しかし、「最低賃金引き上げに伴う賃金費用増加、法人税率引き上げに伴う投資鈍化、地政学的緊張は下方リスク」と指摘し、急速な賃金引き上げは経済成長を脅かす要因になりかねないと警告を発している。

また、韓国最大のシンクタンクの一つKDI国際政策大学院招聘教授の金大棋(キム・テギ)氏は、「韓国政府の債務はまだ健全な水準だが、過剰な家計債務、日常化する災害、統一費用まで考えた場合、余力は小さい。先進国の例が示すように、福祉拡大が始まると、負債はコントロールできずに増える。国家の債務危機通貨危機で経験した企業債務の次元と異なる」と危機感をあらわにしている。
 文在寅大統領の経済政策は、労働者に寄り添うものであり、短期的には“人気取り”になるかもしれないが、より長い目で見ると雇用の減少、企業の競争力の低下、政府債務の増大となって跳ね返り、経済の停滞を招くことになるであろう。それでも経済が好調なうちはまだいい。しかし、韓国経済は財閥依存、半導体依存といったすそ野の狭い経済であり、いずれ破たんへの道を進みかねないのが懸念材料である。

北朝鮮問題で主導権を握ると言いつつ右往左往

 外交面では、周辺の4強(日本・米国・中国・ロシア)との関係で、バランスを取りつつ、朝鮮半島問題で主導権を握ることを政策の基本にしている。ただ、肝心の北朝鮮との関係では、北朝鮮の挑発行為のために融和政策が思うように進んでおらず、また、THAAD配備問題では米中の板挟みにあっている。
 北朝鮮は、今年9月に昨年の核実験の13~14倍に当たる規模の6回目の核実験を行った他、11月28日にも米本土全域をカバーすると言われる新型のICBMを発射した。これまで文大統領は、北朝鮮が「ICBMに核弾頭を搭載したときがレッドラインだ」と述べていた。だが、今回のICBMは、大気圏への再突入や終末段階での精密な誘導、弾頭の正常な作動などの能力を立証できなかったとして、あくまで「ICBM級」であってレッドラインは越えていないと主張している。
 文大統領は、制裁などの圧力は対話に導くためのもので、重点を置いているのは「対話」だとしており、軍事当局者会談と赤十字会談を提案したが、いずれも北朝鮮に拒否された。また、北朝鮮への800万ドルの人道支援は宙に浮き、2018年の平昌オリンピックへの北朝鮮選手団の参加も見通しが立っていない。韓国にとって北朝鮮問題は安保問題であるが、平昌オリンピックの成功を重視し、安保問題は副次的なものとなっているようである。
 THAAD問題では、北朝鮮の核実験の後、追加配備を認めた。しかし、トランプ大統領のアジア歴訪の直前にTHAAD問題で中国に歩み寄り、中韓関係の改善に合意。その際、(1)米国のミサイル防衛システムに加わらない、(2)日米韓軍事同盟に発展させない、(3)これ以上THAADの追加配備はしない、という3つのノーを表明した。北朝鮮問題の解決で最も重要な役割を果たしてほしい中国訪問を前に、トランプ大統領は日米韓の結束を固めようとしたが、はしごを外された形である。
 文大統領の中国国賓訪問では、中国はこれを一歩進めて、両国首脳間の合意にする、あるいはこの問題を適切に処理すると称して、撤去するなどの追加措置を求めたようである。さすがに米国との関係で、韓国がそこまで応じられないとしたためか、会談終了後の共同声明も共同記者会見もなく、全体として国賓と呼ぶには冷たい接遇であったようである。
 文大統領がすべきことは、北朝鮮との関係がさらに緊迫してきた時に、トランプ大統領と腹を割って相談できる関係になることであるが、ウォールストリートジャーナル(WSJ)紙は、文大統領を称して「信頼できない友人」と述べている。南北首脳会談を行った、10年前の盧武鉉大統領の頃の北朝鮮ではないことが分かっていないのであろう。文大統領は理念先行で、今の韓国にとって何が緊要なのか理解していないと思えて仕方がない。

歴史問題を再燃させたままで日韓関係は改善しない

 光復節の演説で文大統領は、日韓関係について、過去の歴史が未来志向的な発展の足を引っ張るのは好ましくないとして、経済や安保、そして文化交流を、歴史問題と切り離して前進させようとしている。

しかし、その一方でNGOや政治団体が、慰安婦の少女像を各地に建立し、日本を攻撃することを黙認している。それどころか、慰安婦メモリアルデーの記念日指定や、慰安婦資料のユネスコ世界記憶遺産登録を支援するなど協力している。これは明らかに15年12月の日韓合意違反で、徴用工問題でも個人請求権は消滅したとする過去の両国政府の共通認識をひっくり返している。
 また、トランプ大統領を主賓とする公式晩さん会に元慰安婦を招き、「独島エビ」の料理を出している。韓国はこれまでもTPOをわきまえない行動をすることがあったが、トランプ大統領訪韓によって、日米韓の連携を強化しようとしているに時に、日本との政治的対立を取り上げようとの姿勢に、多くの日本人は愛想を尽かせてしまった。
 12月19日、20日と康京和外相が訪日する。これは近々発表される慰安婦問題に関する合意過程の検証を行ったタスクフォースの結果発表前に、日本の反応を探るためと言われている。同タスクフォースは委員長がハンギョレ新聞の元編集長で、慰安親派と言われており、合意に厳しい検証結果となると予想される。ただ、その時合意全体を反故にしてしまうと日本との対立が生まれることから、事前に日本の感触を探ろうというものである。しかし、一旦検証など始めれば収拾が付かなくなる。既に悪い方向に走り始めているのである。
 文大統領は、いまだに人権派弁護士の感覚が抜け切れていないようである。また、閣僚人事も慰安婦関連も人権派関係者で占められており、日韓関係をバランス感覚を持って進めようという体制になっていない。これでは、いかに表面上“ツートラック”と言ってもうまくいくはずがない。

大きな岐路に立たされる2018年の韓国・文政権

 このように、文政権の主要政策はいずれも現実を理解せず、左派政権にありがちなイデオロギーに基づく思考で打ち出されている。それでは到底うまくいくとは思えず、齟齬を来たすたびに十分な検討も経ず、朝令暮改されている。ただ、今までそれが露見してこなかったのは、朴政権の独善的、権威的な手法よりは“まし”だと思われてきたからであろう。
 来年の文政権は、目玉である経済・福祉政策がどのような結果となるかによって、その支持率が左右されると見られる。それを決めるのは、経済成長率がどうなるか、雇用、最低賃金の問題が改善するかが鍵である。
 今年の経済成長を支えた半導体部門は、大勢として来年くらいまでは好況が続くと見られているが、モルガンスタンレーは「サムスン電子のこれまでの業績を支えてきたスマートフォン市場は停滞期に入り、これ以上営業利益を期待するのは難しい」との警告を発している。
 韓国の経済を支える半導体が不況入りすれば、韓国経済は停滞期に入り、それでなくても最低賃金法人税の引き上げで苦しむ韓国経済からは雇用が大幅に失われる事態すらあり得る。その場合、国民の文政権に対する失望は限りなく大きなものとなるだろう。
 南北朝鮮関係についても、来年には北朝鮮の核とICBMの完成が予想され、北朝鮮に対する軍事攻撃か、妥協かが迫られる時期がくるだろう。その時、文大統領がこれまでのような曖昧な姿勢、行き当たりばったりな対応に終始するならば、北朝鮮について主導権を握るどころか、「コリアパッシング」と言われる状況になるかもしれない。
 それ以前に、北朝鮮との緊張関係の中で、平昌オリンピックがどのような形で開かれるのか。オリンピックを土台に北朝鮮と関係を進めることが、韓国にそもそもできるのか、重要な分かれ目がすぐそこまできている。
 最後に、日韓関係については、大統領が前向きに進めようとしない限り好転しないのがこれまでの歴史だ。前述のとおり、慰安婦合意の過程に関する検証は、メンバーの構成からして公平な結論が出るとは考えづらい。そういう意味で来年は、歴史問題でさらに難しい状況となることを覚悟しておくべきだ。ただ、北朝鮮との関係がさらに緊張してくれば、日韓関係はどっちつかずの現状維持が続くかもしれない。
(元在韓国特命全権大使 武藤正敏